私がかつて住んでいた部屋は、典型的なレベル三の汚部屋でした。最初は忙しさを理由にコンビニの袋を放置し始めただけだったのですが、気づけば床一面がコンビニの空容器と雑誌、脱ぎ捨てた服で埋め尽くされていました。当時はそれが当たり前の景色になってしまい、どこか感覚が麻痺していたのだと思います。友人から「最近、部屋に遊びに行っていい?」と言われるたびに、適当な理由をつけて断るのが習慣になり、その嘘をつくこと自体が大きなストレスになっていました。ある日、ふと足の踏み場を探している自分に気づき、スマートフォンのカメラで自分の部屋を撮影してみました。画面越しに見る私の部屋は、肉眼で見ているときよりも数倍凄惨で、異様な空間に映りました。この「客観視」が私のスイッチを押したのです。その日の夜、私は一睡もせずにゴミ袋を抱えて作業を始めました。レベル三の壁は高く、どこから手を付けても一向に床が見えてこない絶望感に何度も襲われましたが、とにかく「明らかなゴミ」だけを無心で袋に詰め続けました。作業を進めるうちに、半年前に失くしたと思っていた財布や、期限切れのクーポン券が次々と出てきて、いかに自分が無駄な生活を送っていたかを痛感しました。丸二日かけてようやく全てのゴミを出し切り、床を雑巾で拭き上げたとき、視界が急に明るくなったような感覚を覚えました。空気が澄んで、呼吸がしやすくなったのです。この経験から学んだ教訓は、部屋のレベルが上がれば上がるほど、心理的なハードルは指数関数的に高くなるということです。レベル一や二のうちに食い止めることがいかに重要か、身をもって知りました。今の私は、物が一つでも床に落ちていたらすぐに拾うという、以前の私からは想像もできない習慣を身に付けています。一度レベル三の底を見て、そこから這い上がった苦労を知っているからこそ、二度とあのような混沌に身を置きたくないという強い意志が働いています。清潔な部屋は、穏やかな精神状態を維持するための何よりの基盤であることを、今は確信しています。管理会社やオーナーが退去立ち会いを行う際、彼らは部屋の清潔さを厳格にレベル分けしてチェックします。レベル一程度の日常的な汚れであれば数万円の清掃費で済みますが、レベル三以上と判断されれば「特別清掃」という名目で高額な見積もりが提示されます。中には、あまりの不衛生さに業者が作業を拒否し、さらなる上乗せ料金が発生するケースもあります。汚部屋から退去する際、多くの人が「敷金内で収まるだろう」と楽観視しますが、現実には敷金が全額没収された上で、さらに追加請求が来るのが一般的です。特殊清掃の現場で多くの孤独死と向き合ってきた経験から断言できるのは、部屋の汚さのレベルは、その人がどれほど社会から孤立していたかを示す残酷な指標であるということです。孤独死が発生する部屋の多くは、レベル四以上のゴミ屋敷状態であることが圧倒的に多く、そこには「誰にも頼れない、助けてと言えない」という絶望的な孤独が沈殿しています。部屋が散らかり始め、レベルが上がっていく過程で、多くの人は羞恥心から人との交流を断ちます。
レベル三の汚部屋から脱出した私の体験記と教訓